発汗と自律神経

 自律神経と発汗には密接な関係があります。発汗は体温を一定に保つための重要な生理現象であり、交感神経系が主に関与しています。

1 発汗とは

  •  発汗は、皮膚に分布する汗腺から水分が分泌されることで行われます。この汗が蒸発するときに熱が奪われ、体温が下がります。汗腺には主に2種類があり、これらは異なる役割を持っています。
  • ・エクリン腺: 体全体に分布し、体温調節のための汗を分泌します。エクリン腺からの汗は主に水と塩分から成り、熱い環境や運動時に体温を下げるために発汗します。これは交感神経系によって制御されます。
  • ・アポクリン腺: 主に脇の下や陰部など特定の部位に存在し、ストレスや緊張状態で活性化されることが多いです。アポクリン腺からの汗は、エクリン腺と異なり、脂肪やタンパク質を多く含み、体臭の原因になります。

2 自律神経と発汗の関係

 発汗には、自律神経のうち交感神経が強く関与しています。交感神経は、ストレスや緊張、外部環境の変化に対応して、発汗を促す役割を果たしています。

交感神経と発汗

交感神経が活性化される状況では、以下のような原因で発汗が促進されます。

  • 体温調節: 体温が上がると、交感神経がエクリン腺を刺激し、体温を下げるために汗を分泌させます。これが運動中や高温環境で見られる一般的な発汗の仕組みです。
  • ストレス反応: 緊張や不安、恐怖などの精神的ストレスがかかると、交感神経がアポクリン腺を刺激し、汗が出ます。これは「冷や汗」や、緊張すると手のひらに汗をかくといった現象につながります。

副交感神経と発汗

 副交感神経は発汗の直接的な調節には関与していませんが、副交感神経が優位になることで心拍数が下がり、リラックスした状態では発汗が少なくなります。リラックスすると汗が引くのはこのためです。

3 発汗異常と自律神経の乱れ

 自律神経のバランスが乱れると、発汗にも異常が現れることがあります。発汗異常には主に以下の2種類があります。

多汗症

多汗症は、必要以上に汗をかいてしまう状態です。原因としては、精神的ストレスや緊張状態により交感神経が過剰に働いていることが挙げられます。多汗症には全身性多汗症局所性多汗症があり、それぞれが以下の2つに分類されます。

  • 原発性多汗症: 特定の原因が見つからず、手のひらや足の裏、脇の下など局所的に過剰な汗をかくことが特徴です。ストレスや緊張で交感神経が過剰に反応し、発汗が過剰に促進されます。
  • 続発性多汗症: 甲状腺機能亢進症や糖尿病、薬の副作用など、特定の病気や原因によって引き起こされる多汗症です。全身的に汗をかくことが多いです。

無汗症

 無汗症は、汗を十分にかけない状態で、体温が上がっても汗が出ないため、熱中症のリスクが高まります。自律神経の働きが低下したり、特定の病気や神経の損傷が原因で起こることがあります。

4 発汗異常の治療法

 多汗症の治療には、症状の重症度や原因に応じて様々な方法があります。多汗症は、手のひらや足の裏、脇の下などに過剰な汗をかく状態で、生活の質に大きな影響を及ぼします。治療法には、外用薬内服薬医療処置手術などがあります。

①外用薬

外用薬は、比較的軽度な多汗症に使用され、汗を抑えるための最初の治療手段となることが多いです。

  • 塩化アルミニウム:最も一般的な外用薬で、汗腺を物理的に閉鎖し、発汗を抑えます。塩化アルミニウム溶液は、主に脇の下や手のひら、足の裏に適用されます。夜に塗布し、徐々に頻度を減らしていくことが一般的です。肌の刺激が強いため、敏感肌の人には注意が必要です。
  • オキシブチニン塩酸塩:オキシブチニン塩酸塩は、アセチルコリンが受容体に結合することを防ぐ「抗コリン作用」を発揮することで、発汗を抑制します。原発性手掌多汗症の治療では保険適応されます。

②内服薬

内服薬は、多汗症の症状が広範囲に及ぶ場合や、外用薬が効果的でない場合に使用されることがあります。

  • 抗コリン薬:汗腺の働きを抑える作用があり、全身性の多汗症に有効です。ただし、口の渇きや便秘、尿の出にくさなどの副作用があるため、使用には慎重さが必要です。
  • β遮断薬抗不安薬:緊張やストレスによって引き起こされる多汗症には、交感神経の活動を抑えるこれらの薬が処方されることがあります。ストレスや不安の軽減により、発汗を抑制します。

③ボツリヌス毒素注射(ボトックス注射)

 ボツリヌス毒素注射は、脇の下や手のひら、足の裏などの多汗症に対して非常に効果的な治療法です。ボツリヌス毒素は、汗腺に神経からの信号を遮断し、発汗を抑える効果があります。

  • 効果は通常数ヶ月持続し、その後は再び注射が必要となります。通常は3~6ヶ月に一度の治療が推奨されます。
  • ボトックス注射は、重度の腋窩多汗症に対しては保険適用できます。手のひらや足の裏にも使用できますが、痛みが伴うため、麻酔を併用することが多いです。

④イオントフォレーシス

イオントフォレーシスは、電流を利用して発汗を抑える治療法です。手や足を水に浸し、微弱な電流を流すことで汗腺の活動を抑えます。

  • 定期的な施術が必要で、週に数回行うことが一般的です。数週間続けると効果が現れ、維持するためには継続的な治療が必要です。
  • 痛みや副作用が少ないため、特に手や足の多汗症に対して使用されます。

⑤手術療法

重度の多汗症や、他の治療が効果を示さなかった場合、手術が選択肢となることがあります。

  • 交感神経遮断術(ETS): 多汗症の最も効果的な手術治療で、胸部交感神経を切断または遮断することで、発汗を制御します。特に、手のひらの多汗症に対して有効ですが、副作用として代償性発汗(手術後に他の部位で過剰な発汗が起こる)が発生するリスクがあります。十分にインフォームドコンセントを行った上で施行すべきであると考えられています。
  • 腋窩汗腺切除: 脇の下の汗腺を外科的に除去する方法です。効果は永続的ですが、侵襲的な手術であり、傷跡が残る可能性があります。

⑥その他の治療法

新しい技術や治療法も多汗症の治療に使用されていますが、現時点では有効性や安全性について十分な報告がなく、保険適用もありません。

  • ミラドライ: マイクロ波を利用して脇の下の汗腺を破壊し、発汗を抑える治療法です。ミラドライは、半永久的な効果が期待できるため、脇の下の多汗症に対する人気のある治療法となっています。局所麻酔下で行われ、ダウンタイムが少ないのが特徴です。
  • レーザー治療: 特定の汗腺をレーザーで破壊する治療法で、脇の下の多汗症に対して用いられることがあります。侵襲が少なく、回復が早いという利点があります。

⑦ライフスタイルとセルフケア

軽度の多汗症の場合、生活習慣の見直しやセルフケアが症状の改善に役立つこともあります。

  • 制汗剤の使用: 市販の制汗剤やデオドラントを使用することで、発汗を抑えることができます。特にアルミニウム塩を含む制汗剤は効果的です。
  • 衣服の選択: 通気性の良い服や吸湿性の高い素材を選ぶことで、汗による不快感を減らすことができます。
  • ストレス管理: ストレスや緊張が発汗を引き起こすことがあるため、リラックス法やストレス軽減のテクニックを取り入れることが有効です。

5 まとめ

 多汗症の治療法は、外用薬や内服薬、医療処置、手術まで多岐にわたります。治療法の選択は、症状の重症度や患者の生活状況に応じて異なり、医師との相談を通じて最適な方法を選ぶことが重要です。

 当院では、発汗異常の原因を探り、できるだけ侵襲の少ない方法による治療を模索することにしています。発汗異常で悩んでいる方は、一度ご相談ください。

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