腸と自律神経ー過敏性腸症候群の場合

腸管(消化管)と自律神経は密接に関係しており、腸は「第二の脳」とも呼ばれるほど神経系と深い繋がりを持っています。腸は自律神経の一部である腸管神経系(エンテリック神経系)によって制御され、これは消化管の動きや消化液の分泌などを自律的に調整しています。

Ⅰ 腸管と自律神経の関係

1 自律神経と腸管の役割

自律神経は交感神経と副交感神経の2つに分かれており、それぞれが異なる作用を腸管に及ぼします。

  • 交感神経: ストレスを感じた時に優位になり、腸の運動を抑制し、血流を減少させます。これにより、消化機能が低下します。
  • 副交感神経: リラックス時に優位になり、腸の蠕動運動を促進し、消化液の分泌を増やします。これにより、消化と吸収が促進されます。

2 腸と脳の相互作用(腸脳相関、腸脳軸) 

腸と脳は「腸脳相関(gut-brain interaction)、腸脳軸(gut-brain axis)」と呼ばれる相互に作用する関係にあります。腸内には多くの神経細胞が存在し、脳に次ぐ数のニューロンを持っています。この腸脳軸は、腸から脳へ、脳から腸へと双方向に信号を送り合い、消化器官の活動や情緒、ストレス反応などを調整しています。自律神経を介して、腸内の状態が精神的な健康や気分に影響を与えることが多くの研究で示されています。

腸内細菌: 腸内細菌叢は自律神経を通じて脳に影響を与え、逆にストレスなどで脳が腸内環境を変化させることがあります。腸内細菌は神経伝達物質(セロトニンやドーパミンなど)の産生に関与し、これが感情や行動に影響を及ぼすとされています。最近では、腸内常在菌と中枢神経機能との関連が注目されており、 腸内細菌と脳、腸との相互作用に着目した“microbiota-gut-brain axis: 腸内細菌叢-腸-脳相関”という概念も提唱されています。

3 腸管に対する自律神経不調の影響

自律神経のバランスが崩れると、腸管の働きにも様々な不調が生じます。例えば、ストレスや緊張が続くと、交感神経が優位になりすぎて腸の働きが低下し、便秘や消化不良などの症状が現れることがあります。また、副交感神経が過剰に働くと、下痢や腹痛が引き起こされることがあります

4 腸管神経系の独立した機能

腸管神経系は、自律神経からの指示なしに独立して機能する能力もあります。このため、脳と切り離された腸管でも一定の蠕動運動が可能です。腸管神経系が自律神経系の一部として、消化を効率的に進めるための自律的な調整を行いますが、同時に脳やストレスとの相互作用が腸の働きを大きく左右します。

5 治療のアプローチ

腸と自律神経のバランスを整えるためには、ストレス管理や食事の見直しが効果的です。腸内環境を整えるプロバイオティクスや、ストレスを緩和する瞑想やリラクゼーション法も役立ちます。また、生活習慣の改善(規則正しい食事、適度な運動など)も自律神経のバランスを整えるために重要です。

腸管と自律神経は、腸の運動や消化液の分泌を調整し、身体全体の健康に重要な役割を果たしています。腸と脳の相互作用を理解することで、消化器の不調だけでなく、精神的な健康状態の改善にもつながるアプローチが見出されつつあります

Ⅱ 過敏性腸症候群

次に自律神経が関係すると考えれている腸の病気である過敏性腸症候群(IBS:Irritable Bowel Syndrome)についてまとめます。

過敏性腸症候群は、腸に器質的な病変が見られないにもかかわらず、腹痛や不快感、腹部膨満感、便秘や下痢などの消化器症状を繰り返す慢性的な状態です。IBSは消化器疾患の一種であり、症状が持続したり、増悪と軽快を繰り返す特徴があります。

1 主な症状

  • 腹痛や腹部不快感: 特に便通に関連する痛みや不快感が現れることが多いです。
  • 便通異常: 便秘(IBS-C)、下痢(IBS-D)、あるいはその両方が交互に現れる混合型(IBS-M)があります。
  • 腹部膨満感: ガスのたまりによるお腹の張りや圧迫感が見られます。

2 原因

IBSの正確な原因はまだ解明されていませんが、以下の要因が関与していると考えられています:

  • 腸の運動異常: 腸の動きが異常に速くなったり、遅くなったりすることで症状が引き起こされることがあります。
  • 腸内細菌の変化: 腸内の細菌バランスが崩れることが症状を悪化させる可能性があります。
  • ストレスや心理的要因: ストレスや不安、抑うつなどの心理的要因が症状を悪化させることが多く、脳と腸の相互作用が影響するとされています。
  • 食事: 脂肪の多い食品や特定の炭水化物が症状を誘発することがあります。

3 診断

IBSの診断には、症状の詳細な確認が必要で、他の消化器疾患を除外するための検査も行われることが一般的です。ローマ基準(Rome Criteria)という国際的な診断基準に基づいて診断されます。

<RomeⅣ診断基準(2016)>
下記の1ないし2項目以上を伴う繰り返す腹痛が、最近の3カ月において、平均少なくとも週に1回以上認める。
(1)排便と関連する
(2)排便の頻度の変化と関係する
(3)便の形状の変化と関係する
さらに便の状態により、①便秘型 ②下痢型 ③混合型 ④分類不能型に分類される。

4 治療

IBSの治療は主に症状の緩和を目的とし、以下の方法が用いられます:

  • 生活の改善: 規則正しい生活が排便のリズムを作ります。
  • 食事療法: 便秘型の場合には、線維の多い食物の摂取を勧めます。下痢型の場合は、消化のよいもの、油っぽくないものを勧めます。FODMAP(発酵性オリゴ糖、二糖類、単糖類、およびポリオール)を制限する食事法が有効な場合があります。
  • 薬物療法: 下痢型、便秘型、混合型に効果が期待できるものは、ポリカルボフィルカルシウム(製品名ポリフル、便の水分を調整)で、ガスモチン、ガナトンを併用するのも有効です。
    下痢型の場合にはセロトニン受容体拮抗薬である塩酸ラモセトロン(製品名イリボー)が有用。
    便秘型の場合はリナクロチド(製品名:リンゼス)が有効です。
  • ストレス管理: 心理的なサポートや認知行動療法などが効果的とされています。
  • まとめ: IBSは生命を脅かす疾患ではありませんが、生活の質に大きな影響を与える可能性があります。そのため、症状を管理し、適切な治療を受けることが重要です。

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