痛みと自律神経

痛みを知覚するシステムは、痛覚(侵害受容:nociception)として知られています。痛覚は、外部や内部からの損傷や有害な刺激を感知し、その情報を脳に伝達する生理的なプロセスです。このシステムは、感知、伝達、調整、知覚の4つのプロセスを経て生じることが知られています。以下に、痛みを知覚するメカニズムの詳細を説明します。

1 痛覚の4つのプロセス

痛覚は主に以下の4つのプロセスを経て生じます。

① 感知(Sensing)


痛みの刺激(物理的、化学的、熱的)が身体に加わると、これが痛覚受容器(nociceptors)に感知されます。痛覚受容器は、皮膚、筋肉、内臓など、体のさまざまな部位に分布しており、組織の損傷や危険な刺激を感知する特殊な感覚細胞です。

・機械的受容器:  切り傷や圧力、引っ張りなどの物理的な力に反応します。
・熱受容器:  極端な温度(高温や低温)による損傷に反応します。
・化学的受容器:  組織が損傷したときに放出される化学物質(例:ヒスタミンやプロスタグランジン)に反応します。
これらの受容器が刺激されると、電気信号を発生させ、それが神経を通じて脳に伝わります。

②  伝達(Transmission)


感知された痛みの信号は、神経線維を通じて脊髄や脳に伝達されます。これには、以下の神経線維が関与します。

・Aδ線維:  鋭く、局所的な痛みを高速で伝えます。例えば、針で刺したときの局所的な痛み。
・C線維:  鈍く、広範囲にわたる痛みを低速で伝えます。例えば、炎症や内臓の痛み。
これらの信号は脊髄を中継し、最終的に脳に送られます。

③ 調整(Modulation)


痛みの信号は、脊髄や脳幹で部分的に調整されることがあります。例えば、痛みを増幅したり抑制したりする仕組みが存在します。この調整には、以下のシステムが関与します。
・ゲートコントロール理論
脊髄にある「ゲート」を通じて痛みの信号が調整されるという理論で、このゲートが開くと痛みを強く感じ、閉じると痛みを感じにくくなるというものです。例えば、非痛覚刺激(皮膚の擦り合わせなど)では非痛覚神経線維を刺激し、ゲートを閉じて痛みを和らげることがあります。
・エンドルフィンとその他の鎮痛物質
脳や脊髄で生成されるエンドルフィンなどの鎮痛物質は、痛みの信号を抑制します。これにより、痛みの強さが軽減されることがあります。

④ 知覚(Perception):痛みの脳内処理


脊髄を経て脳に伝わった痛みの信号は、脳のいくつかの領域で処理され、痛みとして知覚されます。

・視床:  感覚信号の主要な中継点です。視床は痛みの信号を受け取り、適切な脳の領域に送り出します。
・大脳皮質:  ここで痛みの強さ、性質、位置が具体的に認識されます。痛みがどの部位から発生しているのか、どれほど強いのかを分析します。
・辺縁系:  痛みの感情的な側面を処理し、不快感やストレス、恐怖などの感情的な反応を生み出します。

【まとめ】
痛みの知覚システムは、外部の有害な刺激を感知し、それを脳に伝えて「痛み」として感じる一連のプロセスです。このシステムには、痛覚受容器、神経線維、脊髄、脳などが関与し、痛みの信号を伝達・調整する役割を果たしています。また、痛みの強度や感情的な側面も脳内で処理され、身体の反応が決定されます。

2 慢性痛と急性痛

痛みには急性と慢性の2種類があります。

① 急性痛

急性痛は、一時的で特定の損傷や疾患に関連する痛みです。例えば、切り傷や火傷のように、損傷が治ると痛みが消えます。

② 慢性痛

慢性痛は、長期間にわたり続く痛みで、しばしばその原因がはっきりしないことがあります。慢性痛は、神経系の過敏な反応や痛みの信号の誤伝達によって引き起こされ、治療が難しいことがあります。

3 痛みと自律神経

痛みと自律神経は深く関連しており、自律神経系は痛みの感知や痛みに対する身体の反応に大きな役割を果たしています。自律神経系は交感神経と副交感神経から成り、これらが痛みの調整に関与します。痛みが自律神経に与える影響、または自律神経の不調が痛みに関連する場合もあります。

① 交感神経と痛み

概要:  交感神経は「戦うか逃げるか」の反応を制御し、体が危険にさらされたときにアクティブになります。痛みはしばしば危険信号として認識され、交感神経が活性化されます。
反応:  急性の痛みが発生すると、交感神経が活発化し、心拍数や血圧が上昇し、血管が収縮することで体がストレスに備える状態になります。これは体を守るための反射的な反応です
慢性痛:  長期にわたる痛み(慢性痛)は交感神経を持続的に活性化し、過剰な緊張状態を引き起こす可能性があります。この状態が続くと、ストレスホルモン(アドレナリンなど)が過剰に分泌され、痛みがさらに増幅されることがあります。

② 副交感神経と痛み

・概要:  副交感神経は「休むか消化するか」という反応を制御し、体をリラックス状態に導く役割を果たします。痛みが和らぐと、通常、副交感神経が活性化され、体はリラックスし、回復モードに入ります。
・痛みの調整:  副交感神経は痛みに対して抑制的な作用を持ち、体の緊張を解き、心拍数や血圧を下げることで、痛みの感覚を軽減するのに寄与します。
・ストレスとの関係:  ストレスが強いと、副交感神経の働きが抑制され、痛みの緩和が難しくなることがあります。副交感神経が十分に働かないと、慢性的な痛みが強く感じられることがあります。

4 痛みと自律神経の相互作用

痛みは自律神経を介して体全体に影響を与え、逆に自律神経の不調が痛みを増幅させることがあります。以下は、痛みと自律神経がどのように相互作用するかの具体的な例です。

① 交感神経の過活動による痛み

・複合性局所疼痛症候群(CRPS):  複合性局所疼痛症候群(CRPS)は、神経損傷や怪我がきっかけで交感神経が過剰に活性化し、強い痛みや腫れ、皮膚の変色などが起こる病気です。通常、体が痛みに対して過剰反応を示し、交感神経が痛みの感覚を増強させます。
・ストレス誘発性の痛み:  ストレスは交感神経を過度に刺激し、筋肉の緊張を引き起こします。これが原因で、首や肩、腰などに痛みが生じることがあります。慢性的なストレスは交感神経の持続的な活性化を招き、痛みが続く原因となります。

② 副交感神経とリラクゼーションによる痛みの緩和

・リラクゼーションによる鎮痛効果:  リラクゼーションや深呼吸、ヨガなどの活動は、副交感神経を刺激し、体をリラックスさせる効果があります。これにより、痛みの感覚が和らぎ、ストレスや筋肉の緊張が緩和されます。
・瞑想やマインドフルネス:  マインドフルネスや瞑想は、副交感神経を優位にし、痛みに対する体の過剰な反応を鎮め、痛みをコントロールするのに役立つことがあります。

③  慢性痛と自律神経失調症

・概要:  自律神経失調症は、交感神経と副交感神経のバランスが乱れた状態を指し、痛みや倦怠感、頭痛、めまいなどの症状を引き起こすことがあります。慢性的な痛みは自律神経の機能に影響を及ぼし、さらなる不調を引き起こすことがあります。
・慢性痛の増悪:  自律神経の不調が続くと、痛みに対する感受性が増し、痛みが悪化することがあります。これは、痛みが交感神経の過活動を引き起こし、それが再び痛みを強化する悪循環が形成されるためです。

5 自律神経を整える痛みの治療法

痛みと自律神経の関係を理解することで、痛みの管理に有効な治療法がいくつかあります。

① 自律神経のバランスを整える薬物療法

・鎮痛薬:  痛みを緩和するために使用される鎮痛薬(NSAIDsやアセトアミノフェン)は、自律神経の緊張を緩和し、痛みを軽減します。
・抗不安薬や抗うつ薬:  自律神経のバランスが乱れている場合、抗不安薬や抗うつ薬が効果的なことがあります。これらの薬は、交感神経の過活動を抑制し、副交感神経の働きをサポートすることで痛みを軽減します。

② リラクゼーション療法

・ヨガや瞑想:  ヨガや瞑想は、副交感神経を刺激し、体をリラックスさせる効果があり、痛みを和らげます。
・深呼吸や自律訓練法:  深呼吸や自律訓練法は、自律神経のバランスを整え、痛みに対する過敏な反応を和らげます。

③ 理学療法と運動療法

・理学療法:  マッサージや温熱療法などの理学療法は、自律神経の緊張を緩和し、交感神経の過活動を抑える効果があります。
・運動療法:  散歩やストレッチなどの軽い運動は、副交感神経を活性化させ、痛みの緩和に役立ちます。

【まとめ】
痛みと自律神経は密接に関連しており、痛みが自律神経系を刺激することで体にさまざまな反応を引き起こします。特に、交感神経が過剰に働くと痛みが増幅されることがあり、副交感神経の活性化は痛みの緩和に役立ちます。痛みの管理には、自律神経のバランスを整えることが重要であり、薬物療法、リラクゼーション、運動療法などが有効です。

6 痛みについて当院の考え方

当院では、痛み、特に慢性痛について自律神経の関与に注目しています。
痛覚受容器自体の痛みに対しては、NSAIDs等を使用することで痛みの原因を除去する。神経の伝達や興奮が関与する場合には、それらを抑制する薬剤の使用を検討することが基本になりますが、そうした対応では効果が不十分な場合があります。
前述したように、痛覚には交感神経による痛みの増強や副交感神経による鎮痛効果などの修飾があるため、そうした観点から疼痛緩和の可能性を探ることとします。

慢性的な痛みで悩んでいる患者様ににおかれましては、自律神経の影響について一考されることをお勧め致します。

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